2008年9月23日火曜日

コミュニケーションは言葉だけではない・・・  岡大看護実習エピソード

 ライフタウンまびでは、岡山大学医学部保健学科の看護学生の実習を、学科オープン以来、10年近く受け入れてきた。当初は、「ヒューマンリレーション看護実習」と呼ばれていたが、最近は、カリキュラム改変で「基礎看護実習Ⅰ」となっている。看護学生が、基礎を座学で学んだあと、現場へ実習に出る最初の体験となっている。当初から、ライフタウンまびでは、三日間のコースで、十数名の看護学生ひとりひとりに、入所の利用者をご紹介し、初対面からコミュニケーションをとり、食事・入浴・排泄・グループワークなど介助の一部にも参加しながら、三日間過ごしていただく。

● 参照  http://lifetowntoday.blogspot.com/2008/09/080806-08.html

 今回は、コミュニケーションが言葉だけではない、むしろ、言葉を超えたところにコミュニケーションの真髄があるということを、身をもって体験した一人の看護学生の三日間のレポートをご紹介する。
そこには、言葉でのコミュニケーションが難しいひとりの老人との出会いの物語がある。

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■ 看護学生・上中さんのレポート 1日目

 実習を楽しみにして、すごくわくわくしながら施設に来ました。けれど、いざ河田さんと会って接してみると「楽しみ」とか「わくわく」なんかよりも「どうしよう」の考えしか頭にありませんでした。他の方々と違って声を発することはなく、出会ってすぐのときは問いかけにも反応してくれず、私を見てくれることもありませんでした。話をしてくれないのは予想してたんですが、私に見向きもしてくれなかったことは衝撃でした。今日のカンファレンスでも言いましたが「コミュニケーションとは何か?」ということばかり考えてしまいました。「コミュニケーションに言葉はいらん!」と思いながら私のコミュニケーションのとり方は言葉があることを前提にしたものだったのかな、とか思いました。
 河田さんは声を発しない方だとは聞いていましたが、今日私は声をききました。一緒にいたおばあちゃん(キヌ子さん・・・?)と話しているときでした。おばあちゃんがたくさん質問があったようで、それを私がきくと、すっと答えてくれました。笑顔つきで。数分しか会話してないのにもう笑顔をひきだしてしまったおばあちゃんと私は何が違ったのかな、と感じました。しつこく会話しすぎたかな、とか今日は少し後悔しました。今日1日で「うっとうしい子やなー」なんて思われなかったかな、とか心配です。明日は今日とは違った形で対応してみたいと思います。コミュニケーションをとる自信はあったけれど、河田さんと会ってすぐにそんな自信は消えました。


■動画  河田さん:同世代の利用者との交流 そして、笑顔。



■ 看護学生・上中さんのレポート 2日目

 今日もまた体調不良で遅れて会いに行きましたが、朝にあいさつしても昨日と特に変化はないと思っていました。話しかけても普通で、私が話しかけても顔をあげてくれたり首をたてに振ってくれるぐらいでした。けれど4階に移動してちょこちょこ話しかけていたときに「何かやりたいことはありますか?」と聞いたら「特にない」という言葉と笑顔が返ってきました。そばに職員の方がおられて会話していたので、きっと私に笑ったんじゃなくて昨日みたく職員の人に笑ったんだと思っていたら、それは間違いだったらしく、それ以降私の言葉に何度も返事をしてくれたり笑ってくれるようになりました。「河田さん好きー」なんて言ったらもうニヤニヤしていました。おまけに握手まで。昨日のおばあちゃんとは何度もしてたのに私には全くしてくれなかった握手を2回しました。これってすごく大きな進歩かな、って思っています。心を許してない相手に握手をするような人じゃないと思ったので、私も少しは認められたかな、と。冗談も通じるし、冗談めいたことも言う人だってこともわかりました。そしてもしかしたら私以上に河田さんは相手をするどく観察しているのではないかと思いました。
 おやつの時間のとき、すごくしんどそうで全然私の声かけにも反応してくれなくてどうしようかと思っていたら職員さんが「こらー、寝たら失礼やろー。寝たふりしない!」って軽く声をかけたらあっという間にいつものニコニコ笑顔に戻ってしまいました。なので私が「もしかしてしんどいフリしてました?」って言ったらまたまたニヤーッと笑顔を浮かべて私を見てくれたので、私は「だまされたー!」と悟りました。まさかそんな戦法が来るとは思ってなくてうっかりしていました。そんな私の心の中の動きを見て遊んでたのかなー、と考えたときに「私、めっちゃ観察されてるかも」と思いました。
 それからいろんな人に言いまわった気がするんですが、お昼ご飯前にエレベーター前で私が河田さんの老人車(?)の車輪にひっかかってこけそうになって「いたっ!」って言ったときに今までにない笑顔を浮かべて長い時間ずっと笑っていました。まさに「爆笑」に近い笑いだったと思います。相当おかしかったようでお昼ごはんを食べ終わったときに「さっきこけそうになったとき笑いましたよね!」って皮肉っぽく言ったら再び笑いだして口の中に入ってた食べ物を吹きだしてしまうほど笑っていました。河田さんのツボにはまったみたいです。もう1度、河田さんの「爆笑」が見てみたいと思うので、明日も頑張ってツボを探ろうと思います。ちなみに私がエレベーター前で見事に転んでいたら河田さんはどんな反応だったのか、と気になりました。



■ 看護学生・上中さんのレポート 3日目

最終日ということで、今日は何をしようかなと考えていました。一応「何かしましょうか?」と聞いては見たのですが「何もない」と返事がきました。昨日から言葉をたくさん発してくれるようになり、すごく嬉しく感じています。3日間そばにいて、河田さんを見ていて気付いたのですが、「はい」のときの返事が本当は「いいえ」だと思っているときも出ます。けれど「いいえ」のときのうなずきと「はい」のときのうなずきの違いに気がつきました。3日間しかそばにいなかったのに、ここまで気がつけるようになれたのにはびっくりしました。
大熊さんがおっしゃっていましたが、私が職員ではなくて、岡大の実習生として河田さんと接していたからこそ、ここまでじっくり知ることができたんだと思いました。それから今までは全然目線をあわせてくれなかったのに今日のお昼ごはんの前ぐらいからあわせてくれるようになりました。そしてあわせるとすごく笑ってくれるようになりました。
最後のカンファレンスでも言ったんですが、河田さんを見ていると「愛想笑い」のことを考えてしまいました。人は必ずどこかで愛想笑いをして生きていると思います。本当のところ、何度か「この笑顔、愛想笑いでは・・・?」と思ってしまったことがあります。でも愛想笑いとは違う、と根拠もなく思えていました。楽しくないときは、目が楽しくなさそうな、困ったような目をしていたし、本当に楽しいときは目も楽しそうでどこか理解できました。「人を知ろうとする、理解する」というのはこういうことなんだと思いました。言葉には出なくても、どこかにサインは隠れているのだと。大熊さんが「河田さんはコミュニケーションの勉強になる人だよ」とおっしゃっていたのはこのことなのかな、と思っています。
また、昨日のおやつの時間に「からかわれてる!?!?」と気付いたと書きましたが、そんな風に眠くないのに寝たフリをしたり、というのがかまってほしいときにもある気がしました。別のおじいちゃんと将棋をやった後はご機嫌ななめになってしまって何を言っても顔をあげてくれなかったり。しんどいのかなってすごく心配しだしたらうつむいてニヤリとしていたり。「またからかってるの??」ってストレートに聞くと案の定思いっきり笑いだしたり。一緒にいると本当にしんどいときとそうじゃないときにも気付けるようにもなりました。
今日一番嬉しかったことは、本当に最後の最後で「わたしの名前覚えてる?」って聞いたら笑顔で、名前をフルネームで言ってくれたことです。「バイバイ」って言えなくなりました。河田さんの笑顔は、私の亡くなったおじいちゃんの笑顔と同じくらい忘れられない笑顔になりました。河田さんと出会えてよかったです。濃い3日間でした。河田さんから直接言ってもらった4回の「ありがとう」が今も鮮明に残っています。


■ 看護学生・上中さんのレポート  まとめ  【人と関わること】   上中栄子

 各日ごとに書いた実習記録にも書きましたが、実習1日目で人とのコミュニケーションに大して困ったことのなかった私の自信は一気にくずれました。受け持った人が全く言葉を発してくれないし、うなずきもあんまりしてくれなかったからです。元々、あまり言葉を発する方ではないと聞いていたので、その点は予想していました。けれどもほとんどコミュニケーションがとれず質問をしてもうなずきはないし目線もあわせてくれないし、会って2時間ぐらいで実習の楽しみは吹き飛んで、悶々としていました。その日に受け持ちの人をあっという間に笑顔にさせた通所のおばあちゃんと私では何が違うのかを考えてみましたが答えは3日目まで見つかりませんでした。
 2日目にあった出来事で、受け持った人が私の予想以上に私自身を観察しているんだと気付きました。きっと1日目は興味なさそうなそぶりをしながら私がどんな人か見てたんだと思います。私以上の観察力の持ち主だったと思います。私も負けじといろんな行動や動きに目を光らせてとことん観察しようと思いました。きっとこれは私が実習生として1人の人を受け持っているからできることなんだと思いますが、観察すればするほど受け持ちの人の特徴がわかってきました。たてに首をふっているけど本当は「NO」の意味である、とか今は眠くないのに眠ったフリをしてる、とか細かいところまで理解できるようになりました。
 初日に「コミュニケーションって何!?どういうこと!?」ってわけがわからなくなりそうでしたが、3日目には何となくわかってきました。コミュニケーションに言葉はやっぱり必要なのかな、とも考えなおしたこともありましたが、そういうことではなかったです。言葉がなくても、相手を理解しようと思いながら行動すれば相手も何かを感じてくれるんだと思いました。言葉以外、たとえば笑顔だけでもコミュニケーションはとれると思います。そしてコミュニケーションをとったり、人と関わるには多少の時間を割かなければいけないと感じました。相手を知って、それぞれの人にあった方法でコミュニケーションはとれると思いました。
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上中さんが、これからの長い職業人生の中でたくさんの「河田さん」たちにであったとき、2008年夏の三日間の体験実習を思い出していただければ、実習の成果があったと言えるのではないでしょうか。 (大熊) 

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